こんにちは、心理カウンセラーのキタダハルキです。それでは今日の話に入っていきたいと思います。
そうですね、今日は私自身の話になるんですけど、自分で言うのもちょっとあれではありますが、学生時代はかなり頑張ってきた方じゃないかなと自分では思っています。
勉強は、大学以外は(ここを強調しておきます)そこそこ良い成績でやれていたと思います、自分の中では、ですが。大学では音楽をずっとやっていて、学内全体で出るような大きなイベントにも出て、そこでそれなりの結果も出せた、ということがありました。
頑張れば報われるという学生時代の感覚
振り返ってみると、「頑張ったらそれなりに報われる」という感覚は、そのときは確かに持っていました。ただ、学生時代の「頑張ったらそれなりに報われる」という感覚が、社会人になってからは通用しなかったんですよね。
実際問題、客観的に見て、肉体的な意味で一番頑張っていたのは社会人1年目なんです。仕事が苦手だったので、必死に覚えようと手を抜かずに丁寧に、ということを意識していました。他の動画で「頑張っているようでサボっていた」という話もしましたが、当時はそんな意識じゃなかったつもりだった、と解釈していただけるとありがたいです。とにかく必死に覚えようとしているつもりというか、「必死に覚えようとしている」という姿勢だけ見せよう、という感じで、本当に興味を持って覚えたいと思っていたかと言われれば、そういうことではない、というような感じですね。
「頑張る」が空回りしていた社会人時代
やはり気持ちだけが先走りして、気持ちだけで何とかしようとしている感じでしょうか。でも手が動いていない。本音はサボりたかったんだろうな、という感じです。他の動画でお話している時はもう「サボりたかったんだ」という形で後々になって私のことを客観的に見た結果をお話しているんですが、やはりそんな感じだったので、当然仕事の結果は散々で、同期の中でも一番仕事ができませんでした。
この時、意識としては頑張っているつもりだったので、「頑張っても報われないんだ」という話になっちゃったんですよね。自分自身の中で「努力すれば何とかなる」と思っていたのにそうじゃなかった。これも、さっきの話からすると、結局努力ができていなかったんだけれども、自分の中での負担感が大きくて努力しているような感じになっていた、という感じです。最終的にギャップに耐えられなくなり、抑うつ症を発症しました。
「頑張るからうまくいかない」という言葉との出会い
これをどうやって乗り越え、今こうして画面の前で話したりできるようになったかというと、「頑張るからうまくいかないんだよ」ということを言われたことがあって、それが一番大きな自分の中の考え方が変わるきっかけでしたね。
最初は正直むかつきました。「頑張らないとうまくいかないなんて、そんな無責任なこと言うな」という感じもありましたし、あとは一生懸命やってきた、特に勉強に関してはある程度一生懸命やってきたという自負があったので、「頑張って何が悪いんだ」とは思っていました。
冷静に振り返って見えたこと
ただ、冷静に振り返ってみると、思い当たる節があったんですよ。
まず、いきなり覆すところですが、勉強ですよね。そこそこはできていました。それは間違いありません。周りに言えば「それなりに勉強してこられましたね」と言ってもらえる程度のところには一応いました。だけど、中学から高校に受験する時も、高校から大学に行く時も、そして大学から就職する時も、全て第一志望は落ちているんです。なんなら大学に関しては、実は第六志望でした。それを考えると、やはり望んだ結果が頑張ったことで得られていたかと言われれば、ちょっと違うのは確かです。
成果が出せたと思っていた音楽に関しての話ですが、これはよく考えると頑張っていたわけじゃなかったな、と。人から見たら頑張っているとは言われていました。だけど、好きだったからやっているだけなんです。大学の部室に一番最初に来ることが珍しくなくて、一番最後に帰る、ということも結構多かったです。それくらい楽しかったからやっていた、というだけ。そこに努力があったわけでも何でもないし、それはだって、例えば大学の勉強とかよりも全然やる気があったからやっている、という話だったんですよね。
考え方の転換:「頑張り」を成果の根拠にしない
こういうことに気づいたので、考え方を変えるようになったんです。
要するに「頑張れば報われる」とか、「頑張りが成果の根拠」というところは、これはちょっとやめよう、と思うようになったんですよ。
結局、頑張りを成果の根拠にしていると、報われなかったときに、こう言うとあれですが逆恨みみたいになってしまうんです。自分で努力したつもりだったとしても、結果が出るかどうかは相対的なものです。周りがもっと頑張っていたら当然報われるわけではないじゃないですか、というこの当たり前のところを受け入れる形ですよね。
それでも頑張ると思うのであれば、あくまで自分のため、その自分自身が納得するために頑張ろう、だったらいいけれど、結果が出るから頑張ろうというのはやめた、という感じです。
前は「結果が出ようが出まいが自分が納得するためにやるんだ」という、これを「頑張り」と称するのは別にかまわない、というふうに、そういう考え方に変えたんです。
マインドセットの変化がもたらす良いサイクル
不思議なもので、マインドを切り替えてから失敗を引きずることがだいぶ少なくなりました。失敗を引きずっていないのでチャレンジもできる、という形ですよね。すると結果的に、チャレンジができているから成功している、という感じで良いサイクルに入るようになったんです。
動画コンテンツだって、昔の私だったら正直絶対無理だと思っていました。機械とかややこしいし、私あまり機械は得意じゃないところもあるので、そういうところもあってなかなかできなかったりとか。あとは、一から自分自身の話が、例えば「こんな話に価値があるのかな」とか、そういう時はぐちゃぐちゃ考えずに一応話ができるようになった、というのも、これもだから恐らく「頑張っている」というところから手を離して、とりあえず自分自身の身に起きたこととか、そういうところを喋っていこう、というふうに切り替えて、コンテンツとして一応出してみよう、その判断するのは見る人だから、というところですよね。
「報われるかどうか」の視点を手放す
もし今この動画を見てくださっている方が「頑張っているのに何か報われないな」とか、「ちゃんとやってるのに成果が出ないな」というふうに苦しくなってきたと思っているのだとしたら、「報われるかどうか」という視点を一度ちょっと取り下げてみて、自分がやったことに対して自分自身がどう納得しているか、というふうな視点にウェイトを置くようにすることをおすすめします。
成功したかどうかよりも自分が納得できたかどうか、そう、ここにウェイトをかけると、だんだん「うまくいかなかったら嫌だな」みたいなところで、やりもせずにブレーキをバーンと踏んでしまう、ということが減ってきます。やりもせずに、というところが減ると、結局トライする回数が増えるので成功する確率も上がる、という話なんですよね。
自分自身のために「頑張る」
ですので、何か頑張ったりする自分を責めたりとかするんじゃなくて、その「報われるかどうか」という観点だけ一度ちょっと置いておいて、自分のためにやる。あくまで結果のためじゃなくて自分のためにやる、という話ですよね。
その結果というところから自由にやっていけば楽になってくると思うので、ぜひ一度、今回お話したような考え方を試していただければと思います。



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