「自分を大事にする」って、こういうことです。
こんにちは。心理カウンセラーのキタダハルキです。『適職発見チャンネル』アップしました。
自分を大事にする…って言うと、どうしても思ったようにできずに罪悪感のようなものを抱えてしまう…というお悩みにお答えしました。
■自分を大事にすることにつきまとう「罪悪感」の正体とは?
さて、まずはこの罪悪感の中身についてお話ししますと…
具体的に、なんかしらで「役に立つ」ことがらじゃないといけないんじゃないか?となってしまう、と。要は、やりたいことが「ダラダラしたい、休みたい!」とかじゃアカンのちゃうか、ってことですね。その結果、休みたいのにそうできずについつい頑張ってしまう…って流れがあったりします。
さっそくその罪悪感をクリアするための結論にいきますが…
やりたいこと、やりたくないこと、どっちにも正直になることが必要なんです。つまり、やりたいことと生産性のあることを結び付けたりしなくていいよ、ってことですね。
■でも、世間の目が気になってしまう…
ただ、ここですぐにぶち当たってしまう壁として…
世間の目が気になる…ってのがあります。
私自身のことを思い返しても、新入社員でありながらわずか半年で休職に追い込まれ、しかもその就職自体も浪人期間を含むためかなり時間がかかっていて、その結果同じ年齢の方々より2年ぐらい出遅れたような人生を送ってきたんです。そんな状態でしたから、休職自体も一部から文句言われましたね。お前は怠けているだけや、と。
ただ、それでも休職を決めたことはあくまで自己判断。精神科でカウンセリングを受けて、診断が下ったことももちろん影響はあるとはいえ、それでも最終決断は自分でやりました。それこそ、診断が下りようが仕事を続ける方は続けるわけでね。
そういう人がいるのも把握したうえで、それでも働く意欲がまったくわかなかったので休職を選んだという経緯があるので、周囲からなんか言われようが「まぁ、そうですね」と受け入れられたんですよ。もしここで、精神科の先生を完全に当てにして決断していたら、ひょっとしたら周囲のせいにするような気持ちも強く出ていたかもしれない…と思いますね。
だから、世間の目で決めるんじゃなくて自分で決断するのが大事、ということなんです。
■すべてを自己責任としてスッと受け入れられたわけじゃない。
ただ、この休職にまつわるアレコレ「すべて」をすぐに自己責任として受け入れられたか?って言われるとそこは違っていて。特に、自己責任って話をするとどうしても「冷たいじゃないか!」みたいに感情的な反応をしてしまうケースも散見されるわけでね。
私としても、その…休職の決断をしたこと自体はすぐに自己責任として受け入れられましたが、病気になった要因自体はずーっと上司のせいにしたままだったんですよ。抑うつ症が完治してから2~3年経っても変わらずでね。
ただ自己責任で考えた方がラクになる、って考え方は自己啓発本やらの成果もあって休職期間中にある程度固まりました。その方が、誰かや何かのせいにして足がイチイチ止まってしまうのを防げるのには違いなかったので。だから、自己責任って思えるところまでなんとか落とし込もうってのはかなり意識してやっていました。
その結果、上司の件を自己責任として落とし込めたのは…
そもそも、そんな会社に入ったのはなんでや?という問いにたどり着いたときでした。これもパッと耳にすると受け入れがたいところも大きいと思うんですが…私の就職活動を思い返すと受け入れざるを得ない、と思いますね。
だって、人の倍以上の期間就職活動をしていて、きちんとやってた後輩に先に内定を取られ、という事態が起きているわけで。もちろん、後輩の能力が高かったのはありますけど、それ以上に自分自身が就活って、なにやってた?って言われると、結局企業研究とか、自分がどういう形で貢献できるのかとか、そういう落とし込みは一切できていなかったといっても言い過ぎではないと思っています。事実、私受験した会社の面接で志望動機がロクに答えられずに怒られましたからね。そんなんじゃ難しいで、ってね。もちろん、圧迫面接ではない場で。
ただ、そういう状況だったのにキャリアセンターのような人の力を借りず、わざわざ自分ひとりの力でやって失敗して、でも対策を打つでもなく…みたいな行動を重ねていたわけです。もちろん、振り返っているからこそ思える部分もありますけど、少なくとも「自分は努力を重ねたのに不当に就職できなかった!」などとは言えない部分も非常に大きかったんですよ。内定をもらったときにも、ヨソの会社受験したら取り消しますよ、とか言われたわけでもなく、嬉々として入社したというのが事実。
ここまで突き詰めて考えると、やっぱり自分が改めるべきところがあった、というのも明らかだと思ったんです。
■「自分を大事に」の意味。
ここで改めて、「自分を大事に」の意味、ってところに話を戻していくんですが…
それこそ、私に限らずいろいろな方が自分を大事に、って話をしていますけど、納得がいかないなら丸々無視する、というのも自分を大事にすることに当てはまるんですよ。こういうのも、自分で決断することに繋がっていくんでね。
自分を大事にする、ってのは、「やりたい・やりたくない」どっちにも正直になることなんです。
で、この「やりたくない」の方が結構無視されがちでね。それはこの記事で言えば…自己責任なんか知るか!いやじゃ!と思うのであれば、それを大事にしてくださいねってことです。
わざわざこういうことを言うのには理由があって…
やはり、どうしても発信をする側の言うことを「正解」と思い込んで無思考になるケースが多いんですよ。自分の思ってる本音は真逆なのに、言われたことを正解として行動しちゃう、とかね。こうなると、もし失敗したら確実に「教えのせいにする」時間が発生して、自分の力で立ち直るのが遅れてしまうんですよ。
すると、次のステップはまた違う正解を追いかけるような時間になってしまって、不信感ベースのままどんどん積み上がってしまうんですよ。自分を信じる以前に、他人の言うことばかり鵜呑みにしているのだから、そらそうよって話でね。
■習ったことや学んだことを自分の上に置かない!
ですので、習ったことや学んだことを、自分よりも「上」に置いてしまうのはやめた方がいいと私は思っています。
これは、習ったことがハマっていても同じ。あくまで、それを選んだのは自分やって考え方で自信に繋げていくのは大事。そうすれば、ちょっとうまくいかないときも自分を信じて粘って成功に繋げていけたりするんですよ。
最終的に「あぁしとけば…こうしとけば…」みたいな後悔を減らすのは、自分の決断です。
もちろん、うまくいかないことはありますが、少なくとも人のせいにできない分「自分が悪かったね」で前に進めるんです。反面、人のせいにしていると特に「過去になってしまったこと」については覆らないんでいつまでもそこにとどまってしまうことになりかねないわけです。
自分自身を大事にするってのは、自分自身の「決断」を大事にすること。
この考え方をもとに決断を積み重ねていけば、だんだん自信もついてきてうまくいきはじめると思いますよ。
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